ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

【第559回】エスポッサの思い出(3)

 

「妻に先立たれて…」。こんな言葉をこれから言わなくてはならなくなるとは、今まで1度も考えたことがない。今週も私のエスポッサ(妻)美津子の思い出に付き合ってほしい。先週のこのコラムを読んだドクターFからこんなことを言われた。

「レスラー(ルチャドール)をご自宅に招くというのって、すごいですね」。

アグアヨ親子とドクトル親子と美津子。

確かに私の家にはいろんな選手が来た。でも、それは私がメキシコで学んだことである。メキシコ人は友達になり、さらに親密度が増すと相手を自宅に招くという習慣がある。そこで自分の家族を紹介し、一緒に妻の手料理を振る舞う。そうした「お・も・て・な・し」がメキシカンの風習なのである。その次の段階が「泊っていくか」である。だから、私もメキシコで多くのエストレージャたちの自宅に招かれた。泊ったのはマスカラスとソリタリオの自宅のみ(これプチ自慢)。

そうした風習を真似て、日本に来たエストレージャたちを家に招待することを続けて来た…それだけのことである。「ウチに来る?」とメキシコ人のアミーゴを誘えば、よほどの用がない限り「NO」とは言わず、「行く、行く」となる。彼らはトマスの家へ行ったことを決して忘れず、メキシコに帰ってから妻や子供たちに話すのである…。「日本は玄関で靴を脱ぐんだ」とか「枯草を編んだ床(畳)で寝るんだ」とか。そうこうして家族ぐるみ付き合いが広がっていくわけだ。

 メキシコ人は何よりも家族を第一に考え、友だちを大事にする。「アミーゴ」≠「友だち」で、メキシコ人のアミーゴの感覚は日本人の友だちよりも明らかに濃い。いみじくも新間寿さんがこう言っていた。「メキシカンたちは欧米人よりも情が濃いよな。もちろん日本人よりも。みんな家族感覚で接して来る。あれが国民性なんだろうな」。その通り。それは間違いない。だから私と多くのルチャドールや関係者たちの関わりは仕事仲間とかではなく、誰をとっても特別の友だち=アミーゴ=ファミリアなのである。

メキシコ人の死生観は日本人と違う。冠婚葬祭に対する感覚も彼らから特別以上のものを感じる。今回、私の妻の訃報を知ったルチャドールやOBたちから多くのお悔やみのメールが届いた。その言葉は日本人のそれとは違う、強い情感、抱擁感が表現されているのだ。イホ・デル・サント、エル・サタニコ、エル・マテマティコ、ドス・カラス、ビジャノ4&5号、エル・パンテーラ、ケンドー、ブラックマン、リッキー・マルビン、パンディータ、ロッキー・サンタナ…いろんなアミーゴから心の籠ったお悔やみの言葉をもらった(グラシアス…)。

84年2月19日のアルコネスにて。

 お通夜の前日にはマスカラスから直接電話をもらった。「驚いたよ。まさかな…。昨日、トマスのエスポッサのために教会へ行って祈ってきたよ。明日も教会へ行くよ。気を落とさずに…頑張りなさい」。マスカラスの奥さんとも話をした。奥さんは私の妻と大のつく仲良しなので、あまりに突然の美津子の死にショックは隠せなかった。その上で「アロンはトマスの精神的なダメージや健康をとっても心配しているよ」と教えてくれた。

マスカラスは前妻を突然の病死で失っている。メキシコ大使館に勤務していたアメリカ人(シカゴ出身)の奥さんで、私も79年に自宅へ招かれた時に一度だけお会いしている。「自分もそういう辛い経験しているから、アロンはトマスの気持ちがわかるのよ。だからとっても心配しているみたい」。マスカラスを上辺だけで非難する人がいるが、根は情の深い人柄なのである。教会でお祈りを…ありがたや…である。

新間寿の弔辞。「美津子さん」で始まる。

「こんなご時世だから」と断っても、「何を言っているんだよ。俺と清水の仲だろ」と新間さんが告別式に来てくださった。新間さんには弔辞をお頼みする。「美津子さん、あなたの名前は私が精魂を注いで支持したアントニオ猪木の先妻倍賞美津子さんと同じ名前。それだけに親近感を持っていました」から始まった約7分間にわたる名スピーチだった。弔辞の中には「美津子さんはタイガーマスクになる以前の佐山聡のファンで…」という説明もされていたし、「ミル・マスカラス」、「ジャンボ鶴田」、「竹内宏介」、「櫻井康雄」という名前も織り込まれていた。妻は新間さんに随分可愛がってもらった。あれはユニバーサル時代だったかな…。最後にこういう温かい言葉をもらえて感謝しかない。

 新間さんを含めて、いろんな方から私を「励ます会」をやろうという提案をいただいた。本当にありがたいことである。まだ四十九日(納骨)前だけど、Gスピリッツには締め切りがあるので、原稿をポツポツ書き始めた。調子は上がらないけど、原稿を書いている間だけは悲しいことを忘れられる。心に空いた穴は計り知れないほど大きいが、少しずつでも日常を取り戻せればと思う。まずは四十九日(遺族が諦める=明らかに滅する、その期間が49日…)を一つの区切りにしたいと思うが…。

-ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅