ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

【第656回】名前の由来

 先日、我が家に競馬友達を呼んで飲み会をした。競馬アミーゴと言っても、彼らはプロ。『優駿』編集部員さん、中央競馬ピーアールセンターのレーシングプログラム制作リーダーさん、『サラブレッド血統センター』所属で『週刊競馬ブック』の連載ものを担当している編集者さん…。なかなか強力なメンバーである。みんな編集者である以前に競馬関連の紙もの好き。つまり古今東西の競馬関連の印刷物である。プロレスファンにもマスクやTシャツのようなグッズ好きもいれば、雑誌やポスターなど印刷物が好きな人に分かれる。競馬の世界もそのようである(私は二刀流)。この方たちが飲み屋に集まらずに我が家に来たのは、ウチに収納されている競馬の超レアな紙ものを見学したかったからである。それはそれで7時間もかけて、みんなで大いに盛り上がったのだが、JRAのピーアールセンターのお偉いさんが声を上げる。「さっきから気になっていたんですが、あれもしかしてエル・サントのマスクですか!すっすごい」。この日はプロレスを封印していた私だが、この一言に封が解かれた。それにしてもサントに反応するとは驚きである。この方は競馬に限らず何事も歴史を研究する事が好きで、「今度、ルチャ・リブレ90年の歴史を教えてください」とお願いされた。

 そういえば、昨年、週刊『競馬ブック』に執筆を依頼され、『サラブレッド血統センター』の編集部で打ち合わせをさせてもらった時に部長クラスの方たちに「昔、ゴングをよく買っていましたよ」とか「私はエル・ソリタリオが好きだったんですよ」などと声を掛けられた。プロの世界とはいえマニアックな世界で仕事をされている人は目の付け所が違う。それにしても、どこの会社にもプロレス好きな方が何人か紛れているものだ。近年、プロレスと関係ない場所で、よく言われるのが「あの頃、ゴングをよく買っていましたよ」という言葉。それが別冊だったり、ボクシングと一緒の月刊だったり、あるいは週刊だったり…その答えで私は相手の年齢を推測する。それから私の素性を知ると最初の反応が「えっ、ゴングですか!」という驚き。もし買ってない人でも「ああ、ゴングなら知っていますよ」という答え。つまり1970年代以降の世間的な「ゴング」という雑誌の知名度の高さ…それは想像以上である。これは100パーセント師匠・竹内宏介さんの功績だと言えよう。私や小佐野景浩くんは竹内さんの作った「ゴング」の名前に生かされて今日があるといえる。

以前、小柳幸雄初代編集長にゴングの名前の由来を聞いたことがある。「1967年に我々がベースボールマガジンから独立して新会社を興した後、プロレスとボクシングの雑誌を作ると決めた時、会議があったんだ。最初“リング”という名前はどうだろうか…となった。でも、アメリカには“RING”誌というボクシング雑誌があるからなとなって、私が“じぁあゴングはどうかなあ。ゴングならばプロレスにもボクシングにも通じる大事なものだし”となって、役員全員が賛成したんだ」。それでゴングのロゴは上野の銀行の職員でデザイナーでもあった小柳氏の知り合いに頼んで書いてもらったという。私がゴングという木槌で叩く鐘の存在を初めて知ったのは60年代のボクシングの試合をテレビで観ていた時だった。あくまで私のおぼろげな記憶だが、プロレスでは清水一郎アナウンサーが「いま、試合開始を告げる鐘が鳴らされました」と言っていたような…。ところが、そのボクシングの試合では「おっと、ラウンド終了のゴングに救われました」と実況アナが言ったのだ。子供だった私は「ああ、あの鐘はゴングって言うんだ」と認識する。カンカンカンと響く音もいいが、私は「ゴング」という単語が発する響きが好きだった。それがまさか私の一生を左右する三文字になろうとは…。

アントニオ猪木がこう言ったのをよく憶えている。「俺の名前は“イノキ”という三文字だからいいんだ。イ・ノ・キって言葉に出して応援しやすいだろ。応援だけじゃなくてガイジンも名前が呼びやすい。だから“ババ”でも“フジナミ”でも駄目なんだ。リズムが悪い。“ナカムラ”なんて応援しにくいだろ」。確かに…「ゴング」という三文字は響きがいい、日本語にはない、強いアクセントも感じる。アメリカのレスラーたちにも「ゴングの…」と言えばすぐに通じるくらいあの時代、雑誌のゴングは有名だった。ライバル誌の編集者たちは「月刊プロレスの誰々です」とは言わずに「ベースボールの…」言っていたような気がする。『RING』誌は「誌」と付けないと四角いリングと雑誌の区別が付かないが、あの時代、普通にゴングと言えばリングサイドの鐘のほうではなく雑誌の方を指していた。週刊になってから「週プロの…」と言うのはゴロがいいが、「週ゴン」は響きが悪い(そこは切る所ではない)。だから私はそれが嫌いで必ず「ゴングの…」と言っていた。ルチャ・リブレにはゴングという道具がない。試合開始と終了の合図はリングアナのホイッスル。でも、ボクシングの試合はゴングなのが、英語のゴングとは言わずカンパーナ(鐘)と呼んだ。でも、あの時代のルチャドールたちに「ゴング」と言えば、日本の雑誌のゴングのことだった。「レビスタ・ゴング」と言えばより丁寧。レビスタとは雑誌のことである。

「ゴング」とはインドネシアのガンラムなる民族音楽に使われる打楽器「ゴン・グテ GONG GEDE」が語源らしい。ちょっと英語らしくないのはそのためか…。17世紀にインドネシアはオランダの植民地となるが、19世紀初頭イギリスが干渉して英蘭条約を結ばれる。ゴングの名はその頃に英国に持ち出されたものではないかと推察する。世界一の海洋国家となったイギリス…船が出航する時に鳴らすドラもゴングと呼んだ。ドラを想像しながら改めでゴングと口に出してみると、言葉に強い響きを感じる。時を告げたり、急や危険を知らせるのに鐘は古来、必要不可欠にもの…それがボクシングやレスリングの開始・終了の合図に用いられたのはいつからなのか…。

もう今の若いプロレスファンに「ゴングの…」と言っても通じないだろう。廃刊になって、もう17年も経ったのだから…。でも「あの頃、ゴングを買っていましたよ」というオールドファンの方を少しでも発掘してお礼の言い、それを竹内さんに報告するのが私の今後の使命かもしれない。「隠れキリシタン」ならぬ「隠れゴング愛読者」たちの救済活動は、追放を免れ生き残ったバテレンである私の義務だと思う。世間に埋もれた彼らにもゴングありきの楽しい時代があった、ゴングを買って読む、楽しく懐かしい若き日々があった…この先も見知らぬ熱いゴング信者たちの笑顔に出会えることを切に願いたい。

-ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅