ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

【第624回】プロレス記者引退宣言

 土曜日は新間さんとゴング少年探偵団(小林和朋&小佐野景浩&私)の1対3変則タッグトークマッチ…お陰様で無事に試合終了しました。実はご自宅から闘道館への行く車中で新間さんは「今日はちょっと具合が良くない。めまいがしてね…」なんて呟いていた。少し心配したけど、トークが始まると、次第にギアがあがっていき、途中で「どうですか、具合は」と聞くと、「お前たちと話していたら、すごく元気になったよ」とニッコリ。少しスロースターターになったとはいえ、やはり喋ることは新間さんの生きる活力のようだ。小林君が数えたら、我々3人の年齢の合計は188だという。新間氏88歳vs少年探偵団188歳…我々の方が100年多く生きていることになるわけだが、その中身の濃さでは完敗だ。今回は今まで出たことない話を新間さんから引き出すために、我々三人は必死に質問攻撃を放った。時にはきついカウンターパンチも食らったけど、どんな質問にも真剣に答えてくれた。2時間40分のロングバトル(ちなみに巌流島は2時間5分14秒)…88歳の新間さんは見事に戦い抜いた。

88歳とは思えぬ熱量に圧倒される。

翌日、お電話したらこんな答えが返って来た。

「お前たちのクイックタッチの質問攻めには参ったよ。俺は裁判所で腕利きの検事たちに尋問されている被告人みたいだったよ。俺の負けだよ。猪木さんの1対3の初戦は負けているよな」

「そうです。ロープに足が引っかかってのリングアウト負けです。いや、猪木vsアリみたいな引き分け判定でいいんじゃないですか」

「1対3は再戦があったよな。俺の家には秘蔵の映像もあるし、そういうのを使ってトークするのもいいな。俺はいつ何時でもお前たちの挑戦を受けるよ」

「そのために、いつまでもお元気でいてください」

「おう、トレーニングしておくよ」

「無理せずにお願いします」

私たちも記念撮影しちゃいました。

 この20年くらい、プロレス業界内には暗黙のうちに「新間派」と「反新間派」が出来上がってしまい、現在に至っている(中立もいるけど…)。反対派は新間寿の名を消し、声掛けもしない。新間氏の口撃を嫌っているからであろう(ひと昔前、この業界人たちは誰に何を言われようとも動じなかったのになあ…)。私はこう思う。新間寿という人間がいなければ、今の日本のプロレスの形はなかった!と。それは力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木と続く日本プロレス史における“消してはならない”大事な1頁だと思う。この先の日本プロレス界において、新間寿以外の背広組でWWE殿堂入りする人間は、決して現れることはないであろう。これは断言できる。それ故、WWEはとても誰よりもフェアなジャッジをしたと思う。私たちゴング少年探偵団も派閥とかではなく、若き日に新間さんから受けた恩を忘れることなく、この後もお付き合いしたいと思う。

これがWWE殿堂入りクリスタルトロフィー。

 そのイベントの翌日、85歳の誕生日を迎える「門馬忠雄さんを囲む会」へ行ってきました。門馬さんは「俺は新間さんはなあ…」と言うタイプ。まあ、元々そうだから…それはそれでいいじゃないか。私を含め、歳を取ると、みんな頑固になって行き、人間関係の制限範囲を定めるようになる。気心の知れた人たちと楽しく過ごせるのが一番…となっていくのである。金持ち、いや歳寄り喧嘩せず…か。門馬さんとの酒席は、相変わらず楽しい。プロレスマスコミの最長老…私にとっても業界で数少なった大先輩である。ただ、ご夫婦とも体調面を考慮して「今度の8月12日、13日の両国国技館でプロレス取材へ行くのを最後にします」とのこと。事実上のプロレス記者引退宣言である。プロレス取材歴60年…そのこと自体が還暦じゃないか。感心するしかない。まだ、終わったわけじゃないけど、「本当にお疲れ様でした」としか言いようがない。「羅臼も行きたかったんだよ。でも、それより一つ心残りなのは、明石の馬場さんと元子さんの墓参りに行きたいんだよなあ」。“ドサまわりのモンチャン”と言われたように、昔からビックマッチよりも地方の取材ばかりを行かされ続けたプロレス記者…それが原因で旅と酒が大好きになってしまったお方。何とかその夢が叶うに最後の旅をさせてあげたい気がする。

門馬さんを囲む会…大きな鯛が2匹も。

 次のイベントは7月9日(日)、13時からの『デビュー30周年目に明かす、新崎人生誕生秘話』。ゲストはモンチャンも大好きな新崎人生(56歳)。私のトークショーのゲストで最年少(?)かな…。新間ジュニア(寿恒氏)の方が若いか…(とすると、レスラーとして…最年少になる)。ネタとしては完全な平成もの。それでも、もう30年も前の話だよ。私も忘れかけていたことを思い出さなければならない。プロレス入りする以前の新崎健介(本名)はもちろん、ユニバーサルでのモンゴリアン勇牙、みちのくプロレスで新崎人生になる“決定的瞬間”、そこからのサクセスの仕掛けを次々にカミングアウトしていく。百人足らずしか入っていない三戸町の体育館でデビューした「殺人遍路」が、僅か1年数ヵ月で世界のWWF(WWE)にスカウトされ、殿堂MSGへ上がるという超アメリカンドリーム…そこに至る秘密を貴重な映像と写真資料、そして本人と私の証言で次々に明かしていきます。こいつは超必見のトークイベントになりそう…お楽しみに。

30年前、四国での新崎人生の特写。

今日はGスピリッツVol.68の発売日だね。まずは闘道館への予約を入れて、それからシッシーのページあたりから最初に読まれますか…。

-ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅