先週は『サマー・シリーズ』について書いた。それにしても昭和の体育館は暑かった。エアコンの入っている体育館が少なかったのもある。あっても使用料をケチって使わず窓だけ開けている時もあった。マスカラスvsエル・アルコンのあった1978年8月31日の大阪府立体会館。館内に入った時の異常な暑さは忘れない。サウナだ。70年7月30日の馬場vsドリーで馬場さんが暑くて茹で上がったのは有名な話だが、なるほどと納得した。旧大阪府立の夏はテレビライトのせいもあるが地獄の茹釜である。取材する立場になってからは82年7月21日、全日本の和歌山県那智勝浦観光会館(TV)、日にちは忘れたが全日本の須賀川市体育館、どの団体かも忘れたが都城市体育館などは、どっちも呼吸困難になるほどの暑さだった。新潟市体育館も暑かった記憶がある。苦しくて思わず外に飛び出たら夕空をコウモリが埋め尽くしていた。あれはまさにホラーだった。ホラーが出たところで、今日はゴング夏の風物詩、怪奇レスラーシリーズについて書きたい。
ゴング誌では「怪奇レスラー名鑑」など、夏になると怪奇ものをよく載せていた。ピンナップやポストカードなどの付録だけでなく、夏に怪談を載せるのは、少年誌がやっていた手法で、少年時代にそれを買って育った竹内宏介氏がゴングで応用したのである。中でも『まだいる怪奇男シリーズ』は好評だった。ライオンを飼うエル・レオン・ティニエブラス、数学者で研究費を稼ぐために試合をするエル・マテマティコ、墓場から出てくるロス・エルマノス・カラバレスなど、おどろおどろしい写真と文章で構成された読み物だ。最も強烈だったのが廃墟に棲み、近づくと石を投げてくるロス・クラネオスの話…中学生になっていた私でも、読んだ後に一人でトイレに行けなくなった。マスカラスが来日する1年前、メキシコは恐ろしい国だと思った。私がゴングの編集部に出入りするようになった77年頃、その辺に置いてあったメキシコ雑誌を観ると、クラネオスやマテマティコ、ライオンとティニエブラスの写真が出ていた。雑誌には駒さんや柴田さんのメキシコからのお手紙が挟まっていた。ああ、竹内さんはこの雑誌を東スポに持って行き、櫻井さんに空想の怪談をリアルタッチに書かせたのだなと思った。後日、櫻井さんに直接、問い詰めると、笑って頷いた…。いい意味で笑って騙されました。そう、ティニエブラスとライオンのツーショットは単なるサーカスのロケでのワンカットに過ぎなかった。
実際にメキシコへ行くと、怪奇なものなどほとんどもなく、ティニエブラスも、マテマティコも普通に試合をしていた。怪奇っぽい雰囲気の選手は猿人のようなエスペクトロ・ジュニアや赤鬼ベルセブーくらいかな。メキシコには6誌ほどルチャを扱う週刊誌があって、試合よりもインタビューや企画もので埋め尽くされていて、写真は野外で選手を着替えさせてのものが多い。怪奇男シリーズもそうした野外ロケの中で撮られたものである。
私は2013年にメキシコへ行った時に『ボクス・イ・ルチャ』誌や『アレナ』誌などで50年代末から写真を撮っていたアルトゥーロ・オルテガ・ナバーロの未亡人と出会う。アルトゥーロは昔、よく一緒にリングサイドで並んで写真を撮ったものだ。とても優しい親切なカメラマンだったが、80年代末に亡くなっていた。私は夫人から貴重な時代の遺品の写真を買った。その中に「おおっ!」と声をあげたくなる写真があった。下の写真である。
廃墟に棲むロス・クラネオスの生写真ではないか。これはアルトゥーロが撮ったものだったのか!しかし、紙焼き写真の裏面には「ロス・カダベレス」と書いてあった。43年間、クラネオスと思い続けていた彼らがカダベレスであることを初めて知る。改めて調べなかった私のミスとはいえ、櫻井氏とゴングの擦り込みには恐れいった。マテマティコがタンピコの海賊亭という架空のホテルの一室で持っていた謎のお洒落なベルト…近年、本人に「あれ、何のベルト?」と直接聞いてみると「うーん、忘れたよ」。これを私が改めて調べてみると「シウダ・マンテ・ウェルター級」というローカルタイトルであった。そんな何の役にも立たぬ些細なことでも調べると54年ぶりに判ることもあるのだ。
カラーではなく、モノクロ(白黒)写真にこそ、ミステリーを強める要素があると私は思う。82年別冊ゴング8月号から私は「まだいる怪奇レスラーシリーズ」をモノクログラビアで短期連載した。クチージョ、カオス、キング・ゴル…どれも『エル・アルコン』誌の編集部から貰って来た怪奇派の写真に私がそれらしいストーリーを書いたもの。「いいね、これ」と竹内さんに褒められた。真実追求もいいが、少年の心を揺さぶる遊び心を大事というのが竹内流であった。プロレスの世界だから、もしかしたら有り得るかも…を竹さんはいつも大切にしていた。以前にも触れたと思うが、クリスマスの夜だけポポカテペトル山から下りてくる雪男キング・ゴルの話を信じた初遠征のライガーが浅井と一緒にキング・ゴルのマスクを探しにプエブラへ行ったとか…。後日、「清水さん、マジで信じましたよ」と笑って突っ込まれた。ごめんね、ライガー…クラネオスを見て育った私に櫻井さんの生き霊が乗り移っただけなんだよ。