ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

【第687回】親と子が遠距離対面

今週はコラムをお休みしようと思ったけど、いろいろあったから急遽書くことにしました。今、私は民話の故郷・岩手県遠野にいる。ここに来たのは4度目。1度目は1985年に競馬殿堂入りした障害の名馬グランドマーチス(1969年産)に会いに、2度目はこちらも障害競走の名馬バローネターフ(1972年産)に会いにだった。ここ遠野には古くから乗用馬と競走馬の育成調教施設があるのだ。3度目の遠野は1990年1月24日、遠野市民センター体育館での全日本『新春ジャイアント・シリーズ』第16戦。メインは鶴田&谷津vsブッチャー&ランディ・ローズ。セミが天龍&川田vsカブキ&高木。その下がキッド&スミスvsタイガーマスク&仲野。大雪で寒かった。この日はテレビで竹内さんが解説で来ていた。「泊まらないで帰ろうよ」と竹内さんに誘われて花巻までタクシーを飛ばした。途中、吹雪でワイパーが凍り付いて動かなくなり、真っ暗な峠で難儀する。やっとのことで花巻まで戻って来て、寝台列車で東京に帰った思い出がある。竹内さんは寝台列車が好きだったので、何回かご一緒している。懐かしの遠野の市民体育館は今も健在だった。息子と一緒の4度目にして初めて「かっぱ淵」へ行く。遠野名物のジンギスカンも食う(連日…)。

「かっぱ淵」にて河童を捜索。

さて、先週は金曜日の後楽園ホール、みちのくプロレス『第7回ふく面ワールドリーグ戦』へ。大会実行委員長は2007年の第4大会からなので今回で4度目。あの時の開会宣言はハヤブサだったなあ…。今回はサスケ以外が全員若い選手(!?)。サスケは6度目、剣舞が3度目、他は初出場ばかり。

後楽園での全選手集合写真。(以下、写真はペペ田中)

初日のMVPは闘狂ガネーシャだろう。彼はマジのインド人で、象のマスクと予測不能の怪しい動きがとても良かった。後楽園ホールの試合後、新崎社長と一緒に私の愛車(ミドリマキバオー)で、仙台ヘ。ホテルに着いたのは午前3時を回っていた。翌朝、イホと一緒に秋保温泉へ行く。控室への差し入れは、人生社長に教えてもらった「さいち」というスーパーのおはぎ。宮城県下で最も有名なおはぎだという。これは選手たちに大受けだった。秋保では、これも人生お薦めの行列ラーメン店「嘉一」へ。純鶏だけで作ったスープと太ちぢれの自家製麺はベストマッチだった。その日の夜、仙台の試合は全体的に良かった。パンテーラ・ジュニアの良さを引き出したイホ・デ・アリブリヘが光ったが、この日のMVPはサイゴン・ゲレーロかな。初戦で敗れたものの、勝ったオランダ人が首を負傷したために復活したラッキーボーイ。ルードらしいいい味を出して剣舞を追い詰めた。これは評価すべきである。全体的にこのロートル(!?)のオランダ人以外はそこそこ以上のレベルを持った選手たちだった。「どうせ、みちのくの選手の誰かが中身に入っているんでしょ」という穿った見方がされがちだが、「それは大きな間違いだぞ!」と怒るサスケ。そう、確かにその国の血が入っているか、その国に関連した選手がマスクマンたちの正体で、サスケと剣舞以外の全員が外から呼んだ選手であった。

サスケvsパンテーラ・ジュニア。

13日の矢巾。サスケ(日本代表)、剣舞(日本代表)、エル・パンテーラ・ジュニア(メキシコ代表)、ビオレント・ジャック(メキシコ代表)…ベスト4が出揃う。過去の優勝者はドス・カラス、4代目タイガーマスク、アトランティス、4代目タイガーマスク、グレート・サスケ、カリスティコ…メキシコが3勝、日本が3勝で五分である。結果、パンテーラ・ジュニアがサスケと剣舞を連破して優勝した。95年5月26日のアレナ・メヒコでCMLL世界ウェルター級王者だった父のパンテーラにサスケが挑戦したことがあった。その時、サスケは1-2で敗れたが、その試合は年間ベストバウトに選出されている。それから29年後にサスケはパンテーラの息子に敗れた。父のパンテーラに敗れた時のサスケの歳が今のパンテーラ・ジュニアと同じ歳なのである。

パンテーラ・ジュニアのトペ・コン・ヒーロ。
パンテーラ優勝。マスクカップの授与。

試合後、私は父パンテーラに電話した。メヒコは夜中の1時半。テレビ電話にしてみた。そのスマホを控室で勝利者インタビューを受けているパンテーラ・ジュニアに渡すと、彼は号泣していた。「パパ、サスケにも勝てたよ。優勝できたよ」、「イホよ、サスケや人生にも感謝しなくてはいけないよ」。メキシコ人は家族に弱い。ましては最愛の父とのまさかの電話での対面。涙を流して喜ぶだろうことは計算済。8年前、12年前では不可能だったことも現代の新兵器を使うと、こんなことも可能になる。9月21日のアレナ・コリセオで父パンテーラに会って「息子を頼むよ」と言われた。あの時、会っておいて良かったと、今更ながら思う。上手い感じで親子を繋げられて良かった。めでたし、である。ただ、この日のパンテーラは、勢いだけで連勝したようなもの。ドス・カラス、アトランティス、カリスティコのようなレジェンドの域の試合にはほど遠い。ただ、この子には未来がありそうだ。この後、しばらく日本に残留するようだし、みちプロも新たに彼と契約をし直すようだ。いつか、パパにもまた来てほしい。それで親子タッグをみちのくで観られたらいいなと思う。この日のMVPはパンテーラではなく、剣舞だったと思う。3大会を通して、すべてメインを堂々と張って、どれも濃い内容だった。彼は久々のみちのくで、成長した姿を見せてくれた。そこの部分は評価してあげたいと思う。

パンテーラ・パパとコリセオで。
スマホでパパと涙の対面。

大会実行委員長は、何だかんだ忙しかったよ。でも、矢巾で終わって、お役御免…。もし4年後にまたお声が掛かったら、それはそれでその時に考えましょう。はい、ここからは岩手の旅が始まる。ということで、懐かしの遠野に来ているというわけ。私のジュニアもオーロ・パークで「南部杯」を観た後、盛岡から東京へ帰って行った。私は今週いっぱいは陸中や南部地方を回る予定…。そろそろGスピの原稿の催促が来るだろうけど、もうしばらく「みちのく一人」を続けたい。では、また来週。

-ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅