7月2日だった。メキシコのローリン・ジュニアからメールが届く。そこからのやり取りを再現する。
「えっ、そうなの。もしかしてまた闘道館でイベントやりたいの?」
「そうなんだよ。10日はどうだい?」
「そこは日本にはお盆というセマーナ・サンタ(聖週間)とか死者の日みたいな時期にあたるんだ。土曜日だし、闘道館のイベントスペースが空いているかどうか」
私はさっそく泉館長に連絡する。すると運よく8・10はまだ空いていた。
「10日はまだ空いているってさ。とりあえず仮押さえしておいたよ」
「ありがとう。それでお願いするよ。今回も僕は留守番で日本に行けないけど、パパや家族たちをよろしく頼むよ」
「8月10日だと、もう1ヵ月ちょっとしかない。お盆だから予定を決めている人も多いし、地方からだと東京に来るチケットを取るのも大変。だから早急にポスターを作って宣伝しないと」
「そうか。いろいろ申し訳ない。トマス、頼むよ」
ということで、取り急ぎ完成させたのがこのポスター。
そういう経緯で『ローリン2』の開催が急遽、決定した。それにしても円安のせいか昨秋のローリン一家、今年2月のフエルサ・ゲレーラ一家…とメキシコから日本に来る観光客が増えた。昔は自腹で日本に来るメキシカンなんていなかったのになあ。逆に日本からアメリカやメキシコへ行くのは円安のせいで大変だ。15日出発予定のルチャ・リブレ観戦ツアーが定員を割っているのもそのせいであろう。お金だけの話ではない。日本人は仕事第一で、第二も、第三も仕事。金銭的に少し余裕が出来る歳になると、今度は親の世話・介護などで身動き出来なくなる。そして次には自分自身の健康が問題になってくる。自分の健康年齢を考え、やれる時にやりたい事を無理してでもやっておく必要がある。何かをやる時には多少の無理は必要…少なくとも私はそうして生きて来た。後になって「あの時、やっておけば良かったなあ」と後悔したくないものね。
さてローリンも70歳を過ぎ老境に差し掛かった。昔のようにたくさんのマスクを作ることは出来ない。前回は30数枚のマスクを作って来たが、今回はどれだけ持って来られるやら…。そう思いながらも「頑張って、たくさん作って来てね」と発破をかけた。昨年10月のイベントの時に感じた傾向を伝える。「ローリンを支持する層は現在50歳代のマスクマニアが多いと思う。彼らは1980年代のルチャにハマったファンなので、80年代のルチャドールのマスクを中心に作ってみたらどうですか」とアドバイスした。具体的に何人かの選手名を挙げておいたが、本当に作って来るかはわからないので、ここでは名前は伏せるけど、一応「なるほど、わかった」という答えが返って来た。作って来た枚数によっては、捌き方を前回と違う方法にしなくてはならないかもしれない。確かにローリンの年齢を考えると、量産していた時代とは作れる枚数が違う。逆に言うならレジェンドの仕事として、一枚一枚が貴重品になろうとしている。
前回、10月のイベントで私はローリンに採寸してもらい、1月に完成品3枚を送ってもらった。「ローリン製はフィット感が抜群」というが、それは実際に被って見ないとわからないこと。そして本当に被ってみてわかった。これは自分のものでないとわからないだろうが「肌に吸い付くような感触」なのだ。まさしくレジェンドの奥義であった。
Eテレの『沼にハマってきいてみた』(7月6日オンエア)を観ていただけただろうか。国営の教育テレビでマスク作りやマスクの歴史、マスク職人の話が取り扱われる時代が来ようとはね…驚きである。メキシコだけでなく、日本でもマスクというものが随分、世間に溶け込もうとしているのだろうか。70年代なんて、メキシコ製のマスクを持っていたファンなんて皆無に等しかったのにね。私がここで紹介した1934年の最初のマスク職人…それはアントニオ・マルティネスとラヌルフォ・ロペスを指す。彼らが靴職人からの転身であったというクイズが出題された。そのマルティネスとロペスが第一世代と言うなら、鬼籍に入ったラ・フリア、アレハンドロ・ロドリゲス(プエブラ)が第2世代…その末端で未だ健在なのがローリンだろう。先日、現地在住の日本人とこんな話をしたばかり。「メキシコ人っていつ死ぬかわからないよね。最近、それをつくづく感じるんです。元気な人は元気なんだけど」
「わかる、わかる。えっと思うと亡くなっちゃう。意外と歳とか関係なしに。自分の健康より、日々を楽しく暮らしているからなのかねえ。日本人はああは簡単に死なないよ…」。
歳は関係ないと言いつつ、気になって調べてみたら、メキシコ人の平均寿命は男が72で女が78。日本人は男が81で、女が87らしい。確かに差がある。
「早くルチャドールを辞めて正解だったと思うよ。お陰でこうしてピンピンしている」と笑うローリンはまだまだお元気そう。でも人って次にいつ会えるかわからない。ましてや遠い国の人。一期一会…それ故、「ミシンの前でマスクを作りながら笑って死にたい」と言っていたローリンに、今夏ちゃんと会って置く価値はあると思う。ローリンは「やれる時にやりたい事を無理してでもやっておこう」としているに違いない。8月10日は笑顔でレジェンドと再会したいものである。